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そんなわけではないんですけどね。 ゲド戦記5 アースシーの風/ル・グウィン に手をつけました。 朔日だけでも児童文学という心清らかになりそうなものに触れてみたい。 …というわけではないんだってば(笑) 前作とはあまり間を空けたくなかったのはたしかです。 3と4の間ほど時間が接近しているわけではないようですが。 実際、3と4の間があんなに近接だとは思わなかったな。 近接というか、冒頭はほとんど同時進行だったし。 主人公のいる場所ではない所の「その時」はそんなふうだったのかと、あれはなかなか味わい深いやり方でしたね。 しかし、三部作の後のエピローグといっていいような位置付けになるはずの物語が、だからこそというか非常に独立性の高い一つの物語であるというのは不思議な感覚でした。 3はなんというか、古式ゆかしい物語の終わり方で終わっていますよね。「そしてみんな幸せに暮らしました。めでたしめでたし」というやつ。 文学性がどうのというしょうもないことはおいといて、「物語」はそういうものだと思います。 この「話」はここで終わり!とぶったぎらなければいけない。 伝えられてきた、語られてきた物としての「形」はそうでなければ保持できないからです。 で、きっちり成形された形を我々読者は愛でていくわけですが、現代の擦れた読者はそれに満足できないんだなー。 だから我々は物語の「その後」を欲しがって、なんだか違う道(…)に分け入って行ったりするわけですが。 3の後の4に無意識に期待されていたのは「エピローグ」であったにも関わらず、「ストーリー」だったのが衝撃的でした。 まあ、ナルニア読者ならまだ耐えられる衝撃だと思いますが。だってあれ続いてないもん(笑) しかし、ファンタジーとしてあれほどがっちりとした流れを作っておきながら、…なんだろうどんなジャンルなんだろう…形式はファンタジーであることはたしかなんだけど、ストレートストーリーだよなぁと思わせる物語になろうとは。 そういう思いがどうしてもまず前面に出てきてしまって、4は実に評価し難い、不思議な物語でした。 それをファンタスティックストーリーというのか。 …あとをひく味だなぁ…。 |
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